Updated: 2018-05-16 15:03
平戸の近海で獲れた新鮮な旬の魚が勢ぞろい。 漁協直営店なので、アワビ・サザエ・イカなど季節の魚を安価で販売しています。 買った魚介類は、漁協のスタッフがその場で刺身や炭火焼にしてくれるのでその場で新鮮な魚介類を堪能できます。
Updated: 2018-05-09 15:05
小浜温泉の日本一長い足湯「ほっとふっと105」の近くに2014年3月2日にオープンした「海鮮市場 蒸し釜や」おいしくて楽しい体験型飲食店です。 この店では小浜で獲れた新鮮な魚貝類、野菜をはじめ旬の海産物・産物をふんだんに取り揃え、蒸し釜で蒸して食べることができる今までになかった新しいタイプの飲食店です。  
Non halal
Updated: 2018-02-26 13:56
ハウステンボスの敷地内にある日本最大級のテディベアの博物館「テディベアキングダム」です。『テディベア キングダム』は、身近にありながらあまり知られていないそれらのストーリーを、微笑ましいジオラマとともに伝えています。とてもかわいい小熊のぬいぐるみ、この博物館に収容・展示されているのは700体。
Updated: 2017-11-13 16:21
ビードロの語源はポルトガル語でガラス製品の総称です。ビードロは天文11年(1542)、日本に来航したポルトガル人の手によって渡ってきました。18世紀頃に長崎で作られていた冷酒用急須『長崎チロリ』を長崎で初めて復元したのが瑠璃庵長崎工芸館。瑠璃色のチロリは、今では長崎ガラスの象徴的存在でもあるのです。「ながさき旅ネット」より すぐ近くに「軍艦島デジタルミュージアム」があります。
Updated: 2017-10-17 09:14
1627(寛永4)年から1631(寛永8)年まで雲仙の焦熱地獄で、キリシタンに信仰を棄てさせるための拷問と処刑がおこなわれた記録がある。 硫黄の香りが立ち込め、地の底から吹き出す蒸気と熱気が辺り一面を覆い尽くす光景は、まさに地獄そのもの。 ここはキリシタン殉教の舞台になったところでも知られ、殉教碑も建てられています。(雲仙公園ビジターセンター側の雲仙地獄の奥の十字架が目印) バチ...
Updated: 2017-10-17 09:12
慶長元年12月19日(1597年2月5日)に聖パウロ三木ら20人の日本人と、6人の外国人宣教師の日本二十六聖人が殉教したとされる西坂の地に建てられた資料館です。 ザビエルによる日本での布教から弾圧、日本二十六聖人の殉教、潜伏、明治以降の信仰まで、日本でのキリスト教の歴史を紹介しています。 1546年のザビエルの書簡や、踏み絵と同じ型のピエタ、潜伏キリシタンたちが信仰していた「雪のサンタ...
Updated: 2017-10-16 11:38
鎖国時代から西欧に唯一開かれた窓口として栄えた長崎。 その街の様子や、出島で行われたオランダとの貿易など長崎ならではの海外交流の歴史や文化を、身近に学ぶことができます。 また、長崎奉行所を当時の資料をもとに、一部を復元した世界的にも大変ユニークな博物館です。
Updated: 2017-08-23 17:09
1609年、ドミニコ会のモラレス神父は、鹿児島を逃れるとき教会堂を解体して、長崎代官・村山等安が寄進した土地に建てられました。 この時代の石畳や地下室、その後建てられた代官屋敷時代の井戸などが、桜町小学校校舎建設工事に先立つ埋蔵文化財発掘調査により出土しました。 江戸時代初期の貴重な教会遺跡である「サント・ドミンゴ教会遺構」が一部整備公開され、《花十字紋瓦》などの教会時代の出土遺物、そ...
Updated: 2017-08-23 15:54
明治22年(1889)に建立された教会。 創立者の島田要助神父は、日本人のための教会を設立に着手しました。 設計者はフランス人のパピノー神父で、着手してから8年後に完成しました。 創建当初はレンガ造りの赤い建物でしたが、原爆の被害を受け、焼け残った外壁と尖塔を活かして白亜の教会堂へと生まれ変わりました。 教会の敷地の一角には、長崎十六聖人殉教の碑が建立され、16人をイメージしたモニュメントが...
Updated: 2017-08-23 15:19
長崎最初に建てられた記念すべき教会、トードス・オス・サントス教会があった場所。「トードス・オス・サントス」とはポルトガル語で「諸聖人に捧げられた教会」という意味で、ここにセミナリヨとコレジヨ、印刷所などが置かれていた時期もありました。 いまも敷地内には、教会が建っていたキリシタン時代の貴重な遺構として切支丹井戸が残っています。また昭和になって、本堂の裏を改修する際に床の下から発見された大理石...

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