Updated: 2018-08-06 17:03
2001年開館。江戸期の長崎ビードロ、19世紀のボヘミアンガラスなど世界のアンティークガラスやオイルランプなど約300点を収蔵する本格的なガラスの美術館です。 中でも「光の彫刻家」と称されるチェコ出身の現代ガラスの巨匠スタニスラフ・リベンスキーの「ホライゾン」は、観る者を圧倒します。
Updated: 2018-08-06 17:01
県民の森の北西部、岩背戸渓谷の下流域に位置する「つがね落としの滝」は、高さ約20メートル程で左右は深山となり、大岩石におおわれ、水は曲折しながら巨岩を流れ落ちています。 この滝は滝壷がないことで名が知られ、水は滝の下にある大きな平石の上に流れ落ち、飛び散るしぶきは、実に壮観です。 「ながさき旅ネット」より
Updated: 2018-07-31 14:13
長崎の中華街の端っこにあるお土産屋さんのような中華料理のお店。 独自にブレンドした小麦粉に「かんすい」ではなく「唐灰汁」を使ってこしらえた、風味ある特製麺が自慢。 あっさりとした中にもコクのある深い味わいの鶏がらスープと、14種類の具材とのバランスも秀逸。
Non halal
Updated: 2018-07-31 14:13
 南島原市北有馬町にて島原手延べそうめんを作ってます。    
Updated: 2018-07-11 14:26
1897年にド・ロ神父の指導で敷地が造成され、1899年から建設計画が進行、1920年に完成した、遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会。 聖堂は信徒が奉仕と犠牲の結晶として一つひとつ積み上げたレンガで造られている。深い奥行を持つ内部はリブ・ヴォールト天井と呼ばれ、ステンドグラスが印象的だ。付属する鐘楼は隠れキリシタンの帰依を願って設置されたもの。
Updated: 2018-07-11 13:33
  山野教会は、1820年頃、外海から五島を経てキリシタンが移住してきた。1872年に長崎で洗礼を受けた住人が指導者となり、1887年には最初の教会が建ち、1924年、こうもり天井の現教会が建った。「ながさき旅ネット」より  
Updated: 2018-07-09 16:21
遣唐使にゆかりのある三井楽町と第16次遣唐使船で唐に渡った空海が深く関わりのあることを広く紹介し、柏崎灯台や姫島を背にして建てられている空海の像と辞本涯の碑。 記念碑に刻まれた「辞本涯」の文字は,「日本の最果ての地を去る」という意味です。これは空海が書物に残した言葉。この丘に立ち、東シナ海を見つめていると、この地を最後に命がけで唐に渡った遣唐使たちの思いを感じ、胸を打たれます。 ...
Updated: 2018-07-09 14:47
1799年、外海の黒崎からの移住者にはじまる教会とされ、五島崩れでは、迫害を受ける前に福見を離れた。 1882年に最初の教会を建てたが2年後の大風で崩壊した。 その後、2代目となる現教会が、1913年に建立された。「ながさき旅ネット」より 
Updated: 2018-07-04 18:09
3代目となる現教会堂は、「頭ヶ島天主堂」と同じ鉄川与助によって設計・施工されたもの。この教会を造るために、佐世保から煉瓦が、頭ヶ島から石が船で運ばれ、眼下の奈摩湾から信徒が総出で運び上げたそうです。また、「青砂ヶ浦天主堂」といえば、美しいステンドグラスが有名です。2001年に国指定重要文化財、2010年に献堂100周年を迎えた。 引用元:「ながさき旅ネット」
Updated: 2018-07-04 18:07
禁教令の高札が撤去されて4年後の1877年に五島を任されたフレノ神父とマルマン神父は当初は慎重にかまえたが、1879年、下五島担当のマルマン神父が奥浦村大泊に常駐して、仮小聖堂を建て、堂崎に1880年に初代教会を建てた。 現教会は1908年にペルー神父が新築し、宣教の拠点とした。1977年にキリシタン資料館となった。

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