Updated: 2018-07-30 16:44
明治、大正、昭和にかけて福岡県の筑豊地域は当時石炭エネルギー供給地日本一の場所でした。 当時「筑豊御三家」と呼ばれた麻生、貝島、安川に続いたのが炭鉱王、伊藤伝右衛門です。 彼が建てたこの大邸宅は、日本庭園に面して4つの棟と3つの土蔵からなる、まるで御殿のような豪華さを放っています。
Updated: 2018-07-30 16:20
旧藏内邸は明治時代から昭和前期まで福岡県筑豊地方を中心に炭鉱を経営し、また大分県などで錫や金の鉱山も経営した藏内次郎作、保房、次郎兵衛の藏内家三代の本家住宅です。 また隣接する貴船神社と鳥居、参道、石橋なども一体として建設され、田園風景の中に堂々と佇む邸宅は建物、庭園とも現在も建築当時の状態をよく残しています。「築上町」より
Updated: 2018-07-30 15:11
佐賀県立九州陶磁文化館は歴史的・美術的・産業的に重要な資料を収集・保存・展示し、あわせて調査研究や教育普及の活動を行うことを目的として設立されました。
Updated: 2018-07-25 14:02
『伊都菜彩』は、糸島の農家が心を込めて育てた生産物を、新鮮で安く消費者の皆様にお届けするために、平成19年4月に生まれたJA糸島直営の直売所です。
Updated: 2018-07-25 11:34
八女・福島で偉容を誇る 創業147年の老舗茶問屋。さかのぼる事87年前、茶の品評会で、茶問屋『許斐(このみ)本家』の三代・許斐久吉(ひさきち)は『八女茶』の名を付け提唱した。 八女茶発展の歴史や商取引の名残をとどめる古い道具や資料なども展示され、先人たちの知恵を伝えている。
Updated: 2018-07-23 15:41
「日本の地質百選」にも選ばれている御所浦では、全島をまるごと博物館として、野外見学地などの整備を行っている.  そのターミナルである御所浦白亜紀資料館には、恐竜やアンモナイト、ほ乳類、貝化石(トリゴニア・イノセラムス等)などたくさんの化石がある。「天草宝島観光協会」より
Updated: 2018-07-19 12:59
古くから茶の湯釜の名品として知られる芦屋釜。芦屋釜の里は、江戸時代初期頃に途絶えた芦屋釜の復興に取り組む施設です。長屋門をくぐり抜けると、季節の花と緑あふれる3000坪の日本庭園の美しい眺めが広がっています。
Updated: 2018-07-02 15:16
長崎居留地の中に、在留外国人のために建設した中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の国内現存最古の教会堂です。 西坂の丘で殉教した二十六聖人へ祈りを捧げるために建てられたため、正面は西坂の丘に向けられています。元治元年(1864)末に竣工し、翌年2月に祝別されました。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない劇的な「信徒発見」の舞...
Updated: 2018-07-02 14:39
  1. 旧五輪教会堂の側面
1880年になるとマルマン神父が下五島に常駐し、各地に教会を建てた。久賀島では1881年に浜脇教会が建てられ、1931年に五輪教会として移築された。 旧教会は、瓦葺木造ながらリブ・ヴォールト天井があり、初期の木造教会建築の代表例として、1999年に国の重要文化財に指定された。「ながさき旅ネツト」より 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産連」として世界遺産に登録されています。...
Updated: 2018-07-02 13:24
  平戸藩の領内だった野崎島は、野首と舟森2つのキリシタン集落があった。信徒は、信仰を公にして迫害を受けたが、1881年に舟森、1882年、野首にそれぞれ教会を建てた。そして1908年、野首と舟森の信徒が食事を切りつめながら結束して働き、現教会を建てたが、島民が離島して現在は廃堂となった。その後1986年に小値賀町に寄贈された。「ながさき旅ネツト」より 「長崎と天草地方の潜伏...

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