Updated: 2019-09-09 11:58
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  漁業を中心に広く産業の神として、中四国で崇められている和霊信仰。その総本山といえるのが、この和霊神社です。 祭神である山家清兵衛(やんべせえべえ)は、、産業の拡充、民政の安定に手腕を発揮した清兵衛ですが、元和6年(1620)凶刃に倒れました。その後この事件に関与した者が相次いで海難や落雷で変死したため、人々は清兵衛の怨霊だと恐れ、その霊を城北の地にまつりました。そ...
Updated: 2019-09-09 11:12
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  現在の地に初めて天守が建造されたのは慶長6年(1601)藤堂高虎(とうどうたかとら)築城のときとされています。城の外郭は上から見ると不等辺5角形をしており、随所に築城の名手と言われた高虎ならではの工夫が見受けられます。     桑折(こおり)氏武家長屋門           上り立ち門 かつて...
Updated: 2016-06-24 16:36
道後温泉は、日本三古湯(有馬温泉、いわき湯本温泉、道後温泉)の一つとされとても歴史のある温泉です。道後温泉のシンボル「道後温泉本館」は、どつしりした構えで、本館上の「振ろ閣」では毎朝6時に太鼓の音で開館を告げるなど、歴史の重みを感じます。 http://www.dogo.or.jp/pc/about/#history
Updated: 2016-06-24 15:55
大街道は、松山中央商店街の一角を占め、巨大なアーケードのある松山市を代表する商店街のひとつです。 松山市の交通拠点である松山市駅から松山城ロープウェイまで通ったL字型の巨大なアーケードが銀天街・大街道商店街です。 大正時代初期に大街道という通称が定着したと伝えられています。
Updated: 2016-06-24 14:46
  松山城は、松山市の中心部である標高132mの城山(勝山)山頂に本丸があり、裾野に二之丸(二之丸史跡庭園)、三之丸(堀之内)がある、広大な平山城です。通常ロープウエイ又はリフトを利用して天守閣を目指して登りますが、松山は、また俳句の盛んなところでもあり所々に俳句ポストが設置してあるので句を考えながら登るのもまた一つの楽しみでもあります。 平成18年に「日本100名城」、平成...
Updated: 2016-06-15 14:07
  その昔、伊予鉄道開業から間も無い頃(明治21年)から67年間にわたり活躍した蒸気機関車がモデルとなりました。当時は黒煙をもくもくと出しながら、最大で18台で地域と地域を結び、松山市民の足として活躍しました。 「坊っちゃん列車」という呼び方は、夏目漱石の小説「坊っちゃん」で登場人物が利用したことから、タイトルに「列車」が付き、そのまま人々に親しまれるようになったことによるも...
Updated: 2016-06-15 12:04
坂の上の雲ミュージアムは、松山のまち全体を屋根のない博物館です。小説『坂の上の雲』は、松山出身の秋山好古、真之兄弟と正岡子規の3人の生涯を通して、近代国家として成長していく明治日本のすがたを描かれています。
Updated: 2016-06-13 15:38
四国霊場第51番札所であり聖武天皇の勅願によって創建された寺で、四国遍路のルーツとされる衛門三郎ゆかりの寺。道後温泉の東。国宝の二王門をはじめ立派な堂宇が立ち並ぶ境内は参拝の人が絶えない。「お大師さん」として崇敬されている。道後温泉にも近い。