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Updated: 2018-08-06 09:52
本館は、熊本城の二の丸公園の一角にあります。考古、絵画、版画、彫刻、工芸、書蹟など、古代から現代美術までを収蔵、展示。古代の造形美を日本の美術の原点としてとらえた装飾古墳室が常時観覧できます。 分館は、企画展や地元作家の個展・団体展などを行っています。旧県立図書館を最新の技術と創造性により全面改修し、再生したものです。菱形(ひしがた)模様のデザインが熊本城をイメージさせます。 「熊本市...
Updated: 2018-08-06 09:51
人形浄瑠璃「文楽」は、日本を代表する伝統芸能の一つで、太夫・三味線・人形が一体となった総合芸術です。 清和文楽館は、「舞台棟」「客席棟」「展示棟」の3つの建物からなり、日本古来の伝統建築技術の粋を集めて造られています。 特に客席の棟はテコの原理を応用した「騎馬戦組み手工法」、さらに、展示室の棟の天井は正十二角形に気組みをした「バット工法」で作られ、見た目も美しく木の温もりが感じられます...
Updated: 2018-07-31 14:14
2000年創業の「サッポロビール九州日田工場」は、日田市の郊外に竣工した最新鋭の工場です。 生産部門の他に物産品の販売所やレストラン“森のビール園”、サッポロブランド品を扱うショップやレトロタウンと名付けられた展示館があります。中でも、“麦酒昭和堂”と名付けられた展示物は、ビールに関連して昭和の時代を紹介するユニークなコーナーです。サッポロビールにまつわる歴史や製造過程が見られる工場見学以外にも...
Updated: 2018-07-30 16:44
明治、大正、昭和にかけて福岡県の筑豊地域は当時石炭エネルギー供給地日本一の場所でした。 当時「筑豊御三家」と呼ばれた麻生、貝島、安川に続いたのが炭鉱王、伊藤伝右衛門です。 彼が建てたこの大邸宅は、日本庭園に面して4つの棟と3つの土蔵からなる、まるで御殿のような豪華さを放っています。
Updated: 2018-07-02 15:16
長崎居留地の中に、在留外国人のために建設した中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の国内現存最古の教会堂です。 西坂の丘で殉教した二十六聖人へ祈りを捧げるために建てられたため、正面は西坂の丘に向けられています。元治元年(1864)末に竣工し、翌年2月に祝別されました。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない劇的な「信徒発見」の舞...
Updated: 2018-07-02 13:09
  1. 黒島天主堂
黒島天主堂は、文化・文政の頃、生月や外海から移住してきたキリシタンにはじまった。最初に常駐したマルマン神父が、基礎に特産の黒島御影石を積み、40万個のレンガを使い、1902年に祝別した荘厳な教会。「ながさき旅ネツト」より ロマネスク様式の構成、内部のリブ・ヴォールト天井は完成の域に達したと評価されており、1998年に国の重要文化財に指定された。 *「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺...
Updated: 2018-07-02 12:53
大野は、1599年の平戸領主松浦氏の弾圧で長崎に亡命したキリシタン籠手田一族にゆかりあると伝えられる地。1893年、信徒のためにド・ロ神父が設計し、私財を投じて信徒とともに石造りの教会を建てた。 1879年、外海地区に着任したド・ロ神父は、26戸の信者と力を合わせ、1893年に大野教会を完成させた。民家を思わせるような教会で、現地の石を積み上げた外壁(※)は、独特の風合いを醸し出している。ド...
Updated: 2018-07-02 12:00
1879年に潜伏キリシタンが多かった外海の出津・黒崎地区に赴任し生涯を外海に捧げたド・ロ神父が、風の強い斜面の台地に、1882年、私財を投じて建てた質実剛健な教会。神父は慈善事業にも力を入れ、出津救助院などを創設して女性の自立を促した。出津教会と旧出津救助院に加え、これらが立地する小田平(こだびら)集落一帯が世界遺産候補「出津教会堂と関連遺跡」であり、2012年には「長崎市外海の石積集落景観」とし...
Updated: 2018-06-27 11:35
TOTOは、1917年に創立されました。日本に、まだ下水道が整備されていない時代に、国民の健康で文化的な生活の実現を願い、水洗便器をはじめとする衛生陶器の製造に着手し、現在トップ企業として運営されています。創立100周年記念事業として、当ミュージアムが開設されました。
Updated: 2018-06-25 11:00
旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設は、大正11年(1922)に旧日本海軍が建設したもので、無線塔、電信室を主体とした各種建造物が現存しています。 電波技術史の中で記念碑的な施設として位置付けられており、かつ日本近代化を象徴する遺構として高い評価を受けています。 2013年3月、国の重要文化財重要文化財に指定されました。

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