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Updated: 2018-07-02 15:16
長崎居留地の中に、在留外国人のために建設した中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の国内現存最古の教会堂です。 西坂の丘で殉教した二十六聖人へ祈りを捧げるために建てられたため、正面は西坂の丘に向けられています。元治元年(1864)末に竣工し、翌年2月に祝別されました。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない劇的な「信徒発見」の舞...
Updated: 2018-07-02 13:09
  1. 黒島天主堂
黒島天主堂は、文化・文政の頃、生月や外海から移住してきたキリシタンにはじまった。最初に常駐したマルマン神父が、基礎に特産の黒島御影石を積み、40万個のレンガを使い、1902年に祝別した荘厳な教会。「ながさき旅ネツト」より ロマネスク様式の構成、内部のリブ・ヴォールト天井は完成の域に達したと評価されており、1998年に国の重要文化財に指定された。 *「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺...
Updated: 2018-07-02 12:53
大野は、1599年の平戸領主松浦氏の弾圧で長崎に亡命したキリシタン籠手田一族にゆかりあると伝えられる地。1893年、信徒のためにド・ロ神父が設計し、私財を投じて信徒とともに石造りの教会を建てた。 1879年、外海地区に着任したド・ロ神父は、26戸の信者と力を合わせ、1893年に大野教会を完成させた。民家を思わせるような教会で、現地の石を積み上げた外壁(※)は、独特の風合いを醸し出している。ド...
Updated: 2018-07-02 12:00
1879年に潜伏キリシタンが多かった外海の出津・黒崎地区に赴任し生涯を外海に捧げたド・ロ神父が、風の強い斜面の台地に、1882年、私財を投じて建てた質実剛健な教会。神父は慈善事業にも力を入れ、出津救助院などを創設して女性の自立を促した。出津教会と旧出津救助院に加え、これらが立地する小田平(こだびら)集落一帯が世界遺産候補「出津教会堂と関連遺跡」であり、2012年には「長崎市外海の石積集落景観」とし...
Updated: 2018-06-27 11:35
TOTOは、1917年に創立されました。日本に、まだ下水道が整備されていない時代に、国民の健康で文化的な生活の実現を願い、水洗便器をはじめとする衛生陶器の製造に着手し、現在トップ企業として運営されています。創立100周年記念事業として、当ミュージアムが開設されました。
Updated: 2018-06-25 11:00
旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設は、大正11年(1922)に旧日本海軍が建設したもので、無線塔、電信室を主体とした各種建造物が現存しています。 電波技術史の中で記念碑的な施設として位置付けられており、かつ日本近代化を象徴する遺構として高い評価を受けています。 2013年3月、国の重要文化財重要文化財に指定されました。
Updated: 2018-06-20 16:57
「亀山社中」は、慶応元年(1865年)薩摩藩や長崎の豪商小曽根家の援助を受けて、坂本龍馬とその同志により設立された結社です。徳川幕府の倒幕を目的とした活動を行うとともに、船の回送や運輸業、銃器のあっせんなどの商号活動も行い、「日本初の商社」といわれています。 名誉館長は、坂本龍馬に造詣が深い武田鉄矢氏が務めています。「ながさき旅ネット]より
Updated: 2018-06-13 17:02
葉祥明の絵の故郷である、阿蘇長陽村の美しい丘の上にたたずむ葉祥明阿蘇高原絵本美術館。 葉祥明の絵の風景を思わせるこの美術館では、絵を楽しんでいただくだけでなく、広々とした草原の散歩コースをゆっくりと、心ゆくまで楽しむことが出来る。
Updated: 2018-06-11 16:43
捕鯨、かくれキリシタン、民俗、魚の剥製の4つの常設展示室と、企画展示室からなり(展示総面積1,322平方メートル)、日本捕鯨の歴史やかくれキリシタン信仰の様相についてジオラマ(模型)や映像を駆使し、分かりやすく紹介しています。 また日本最古の捕鯨業関係史料やかくれキリシタンの聖画など他で見る事ができない貴重な資料も数多く展示されています。「ながさき旅ネット」より
Updated: 2018-06-11 16:42
大規模な天主堂で、旧浦上天主堂が原爆によって倒壊した後は、日本最大の天主堂といわれた。 外部はロマネスク様式で、内部にはアーチと美しいステンドグラスがはめ込まれ、鉄川与助(設計者)の特徴である花柄の模様が豊かに飾られている。 キリスト教の空間に日本の仏教的な空間が入り混じり、変化のある雰囲気を見せている。

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