Updated: 2019-04-24 14:34
石見銀山は、島根県大田市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山である。上述の最盛期に日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されるが、当銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとされる。当時銀鉱石を採掘していた、横穴式坑道の「間歩」が一般公開されている。  環境への影響を最小限に抑えた遺跡であることから、ユネスコ世界遺産に登録された。
Updated: 2019-04-15 15:41
倉敷美観地区にある赤煉瓦のホテルなどの複合施設です。 明治時代に建設された倉敷紡績の工場を1973年にリノベーションして観光利用にしたもので、赤煉瓦がきれいです。
Updated: 2018-07-02 11:48
キリシタンが潜伏していた崎津には、1880年から宣教師がきています。1928年から主任司祭となったハルブ神父が庄屋屋敷跡を買い取り、1934年に現教会を鉄川与助の設計・施工で建てました。正面祭壇は絵踏みをおこなわれた場所であるといいます。 1934年建てられた教会は「海の天主堂」とも呼ばれ、日本のかおり風景100選「河浦﨑津天主堂と海」、更に天草市﨑津の漁村景観が「国の重要文化的景観」にも選...
Updated: 2018-06-25 11:00
旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設は、大正11年(1922)に旧日本海軍が建設したもので、無線塔、電信室を主体とした各種建造物が現存しています。 電波技術史の中で記念碑的な施設として位置付けられており、かつ日本近代化を象徴する遺構として高い評価を受けています。 2013年3月、国の重要文化財重要文化財に指定されました。
Updated: 2018-01-09 16:16
1867年(慶応3年)、洋式紡績工場の技術者宿舎として建てられ、通称異人館と呼ばれた。イギリスから紡績機械を輸入して日本初の洋式紡績所を設け、技術指導を受けるために招いたイギリス人技師ら7名の宿舎として建設されました。平成27(2015)年7月世界文化遺産に登録されました。  
Updated: 2017-12-21 16:34
  明治37~38年、日露戦争に山田村(当時)から従軍した人たちの無事帰還を記念して、明治39年(1906年)3月山田村兵事会が建設した、日本では珍しい凱旋門です。部はアーチ型に組まれ、中央にタテ60センチ、ヨコ121センチの石がはめ込まれています。 100の石段を登ると奥に招魂社があります。 平成13年8月28日に国の登録有形民俗文化財に登録されました。 「本物の...
Updated: 2017-12-12 17:20
明治42年(1909)、日本生命保険株式会社九州支店の社屋として建てられた赤レンガの建物です。 東京駅を設計した辰野金吾の設計で、国の重要文化財に指定されています。1階は文学サロン、2階は有料の会議室となっています。 館内は文学館として、福岡市の文学の歴史、とくに近代以降の文学グループや作家の雑誌、作品などの情報を展示しています。
Updated: 2017-10-25 15:51
田川の石炭の歴史と文化を残そうと、旧三井田川鉱業所跡地に整備された公園です。 国登録有形文化財の伊田竪坑第一・第二煙突と伊田竪坑櫓のほか、炭坑節発祥の地の碑などの記念碑やモニュメント、炭坑夫之像が建てられています。 敷地内に「田川市石炭・歴史博物館」もあり、石炭採掘の歴史資料や昭和初期の炭坑住宅の再現、運搬に使用されたSLなどが展示されています。「クロスロード福岡」より
Updated: 2017-10-23 16:00
安政2年からの古い薬屋で「日本丸」という万能薬を明治20年から昭和40年代まで製造。木造四層三階建ての資料館には、薬や家財道具を展示。展望台から日田盆地を眺められます。春はおひなさま、秋は金婚式の再現を大広間に飾ります。
Updated: 2017-10-16 11:46
志免鉱業所竪坑櫓(しめこうぎょうしょたてこうやぐら)は、福岡県粕屋郡志免町にある「志免炭鉱」の遺構です。 竪坑櫓は、昭和18年5月10日に竣工し、鉄筋コンクリート製の建造物で高さは52.7mあり、地下430mまである垂直な坑道で鉱夫や石炭、資材の搬出入をしていました。 近代建設技術史上価値が高いものとして、国の重要文化財に指定されている。 現在、周囲は運動公園として整備されている...

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