Updated: 2016-10-25 11:29
大濠公園の50年を記念して県民の文化遺産として昭和59年に設置した、築山林泉廻遊式の庭園。伝統的な庭園技法により、日本の古典美を表現することを基本につくられた。庭園内には、大池と築山の池泉庭を主庭に、曲水の流れ、枯山水庭、数奇屋造りの茶屋と露地庭などが配置され、園路をめぐりながら廻遊するようになっている。外国人の方のために英文のパンフレット有。   出典:www.crossr...
Updated: 2016-10-25 10:44
室町時代の画僧・雪舟が中国で学んだ山水の技術を生かして、自然の山を借景に天然の地形を活かした池を設けて石橋を架けた庭園。(国の名勝庭園にも指定されている。) 天然の山を利用して、岩清水を引いた池には中の島を作り、ツル、カメを表し周囲にツツジや老松を配し、四季おりおりの美しさが満喫できる。特に秋は紅葉の名所として有名で多くの人が訪れる。お土産には栄養豊富で、昔懐かしい味がする「すっぽん亀蜜飴(かめ...
Updated: 2016-09-28 15:03
大正11年創建、昭和6年に再建された歌舞伎劇場。江戸歌舞伎劇場の典型ともいえる両花道とマス席を持った木造2階建ての造り(収容人数1200人)で、国の登録有形文化財にも指定されている。毎年開催される「全国座長大会」は特に有名である。  嘉穂劇場はもともと、日々命をかけて働く炭鉱夫の娯楽施設として開業。最盛期には筑豊エリアだけで48ヵ所あったといわれる芝居小屋が炭鉱閉山と共に姿を消していくなかで、こ...
Updated: 2016-09-23 13:59
旧伊藤伝右衛門邸は明治期に建てられ、大正期、昭和初期に増築された、近代和風建築物です。土地7,568.5平方メートル(約2,293坪)建物床面積延べ1,019平方メートル(約309坪)その粋を凝らした豪邸は広大な庭園とともに歌人柳原白蓮が日常起居した建物として飯塚市内に残る数少ない石炭遺産であり「炭鉱王伊藤伝右衛門」の功積を伝える唯一の文化遺産です。  高い塀は旧長崎街道に面してお...
Updated: 2016-09-16 10:29
香春岳・三ノ岳に位置する「清祀殿跡」。 平安時代後期の天慶2年(939年)に、「小宮八幡宮」(田川郡・採銅所)が「宇佐神宮」に神鏡を奉納したという記録が残っているが、その神鏡を実際に鋳造した場所がこの「清祀殿跡」だと考えられている。付近には銅を採掘した坑道「間歩(まぶ)」があり、宇佐神宮にゆかりが深いこの場所は「神間歩(かんまぶ)」と呼ばれている。 拝殿風の建物(写真)の屋根は板葺で、九尺間を...
Updated: 2016-09-07 13:39
薩摩藩主、島津家の別邸跡とその庭園です。園内には奇石が多く、中国龍虎山の仙巌に似ていることから「仙巌園」(せんがんえん)と名付けられています。1万5千坪の広大な 庭園は、後方に磯山をひかえ、前方に雄大な桜島と錦江湾をそれぞれ築山と池に見立てるという壮大なスケールの借景が美しく、天気のいい日はとても素晴らしいものがあります。園内には、近代化事業発祥の地としての「尚古(しようこ)集成館」、鉄製150ポ...
Updated: 2016-08-16 14:43
標高120m、展望は抜群で大淀川の雄大な流れと西に霧島連山、東に日向灘、宮崎市街地が望めます。国道10号から見る天ケ城も雄大で、街並みとの調和も良く高岡の町を引き立てています。 また、野球場や体育館などの運動施設のほか、天ケ城歴史民俗資料館、ローラースライダー、パターゴルフ場、天ヶ城茶屋が整備されています。   出典:miyazaki-city
Updated: 2016-08-09 17:43
臼杵城のお膝元に位置する二王座は、阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰岩の丘で、あちこちの岩を削り取って道を通しました。狭い路地のいたるところに城下町特有の面影が残っていて、高い石垣、重厚感のある瓦屋根、白壁の建物や多くの寺院が坂道沿いに長く続きます。 旧真光寺の前は「切り通し」と呼ばれる、臼杵を代表する景観のひとつです。特に、雨が降った後の濡れた石畳は雰囲気があります。 平成5年11月には、国...
Updated: 2016-08-09 17:26
臼杵城はキリシタン大名大友宗麟により臼杵湾に浮かぶ丹生島に永禄5年(1562年)に築かれ、江戸時代は稲葉家が治める臼杵藩五万石の城として幾多の歴史を積み重ねてきました。 当時は海に囲まれた城でしたが、現在は埋立により陸続きになっています。 その城跡は現在臼杵公園として整備されており、春には約1,000の桜が咲き誇る県南有数の花見スポットとなっています。
Updated: 2016-08-09 17:06
豊臣秀吉に仕えた石田三成の妹婿・福原直高から竹中重利が引き継ぐ形で築かれた大分城は、別名・府内城(ふないじょう)とも呼ばれていました。 現在は、天守閣のあった本丸周辺の水堀は埋められ、大分城址公園として利用されています。 桜の名所としても知られており、毎年70本以上のソメイヨシノが咲き始めると、花見客で賑わいます。城址の石垣から見ることができる桜色の絨毯は、一見の価値ありです。 夜になると堀...

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